ホテルからの風景


 2004,5,13〜5,17…上海(中華人民共和国)



  2004年4月(プロローグ)

 「竹内君、5月の13日からのスケジュール教えてくれる?」
 こんな電話がとびこんできたのは4月の初めの頃だった。
 「はい、大体あいてますけども…」
 そしたら演奏のツアーに参加してくれないかとのお声。旅行好きな私は、内容を聞かずに即答で「行きたいです!」…と。思い返せば 未だ私はツアーというものを経験した事がなかった。演奏で遠くに(…でもないのだが)行っても常に日帰り。ある意味『ツアー』と いう響きに憧れていたのも事実だ。さて、気になる行き先は…。
 「中国の上海なんだけどさ」
 「……」
 中国の上海らしい…。これまた私のツアー人生の中で初っ端から飛ばしてくれる…。その後詳しく聞くと、「Error Message」という バンドで演奏しに行くとのこと。実はそのバンドはボーカルが李浩(リー・ハオ)君という中国人、2003年度のNHK中国語講座の 司会を担当していた人で、その人のバンドなのだが、上海は今回で4回目。元々いたキーボードの人は予定が合わず、私に回ってきたと いうことらしい。いわゆる「トラ」である。
 バンドの「トラ」というのは実は結構大変である。何故かというと、もうバンドの音が出来あがってしまっているからである。極端に イメージが変わってしまってはバンドの演奏にならないし、かと言ってただコピーするだけというのも面白くはならない。多少の プレッシャーを感じつつ、とにかく良い雰囲気になれるよう頑張ろう…という気持ちで、ついに中国遠征の日を迎えた。

  2004年5月13日(1日目)

 成田発朝10:00の飛行機ということで、自宅を6:00に出る。順調だ。すると李君から携帯にメールが届いた。
 『今チケット見たら、飛行機は11:25発でした。どうしましょ。』
 …どうしましょ。まあ時間を早く間違えてたわけだから、乗り遅れるという心配は無いが、これが遅く間違えてたらと思うと怖い…。 さすが李君。中国式である。しかしこれが結果「吉」と出る。メンバーのひとりが寝坊をしてしまっていたのである。結局その人が 空港に着けたのが9:50。出発時刻がそのままだったら確実にアウトだった。不幸中の幸いだった。
我々は本当に荷物が多い
浦東空港にて  さて、我々は楽器を持っていかなくてはならないため、チェックインに時間がかかる。楽器は全部「割れ物」扱いにさせるため、 エアーキャップ(あのプチプチするやつ)で楽器のケースごとグルグル巻きにさせるなど、下準備が大変なのだ。もちろんこんな経験は 初めてだったが、これも勉強になったことの1つとなった。そしていよいよ搭乗。今回は日本の翼、JALで上海に向かう。
 JALは国内線では何度も使っているが、国際線は実は初めてだった。なぜなら私は、海外に行く時はその国のエアラインをなるべく 使うようにしているからである。しかし今回はチケットの手配やら何やら向こう任せ。まあおかげで初めての国際線JALなのだが、 特に目立ったサービスの印象はなかった。でも上海まではたったの2時間半。これでいいのかもしれない。機材は最新のボーイング 777。この飛行機ではシート1つ1つにテレビがある(最近では珍しくはない)事に加え、映画は各個人で好きなところから見れる (要するに早送りや巻き戻しなどができる)方式を採用している。おかげで機内は退屈知らず。気付くともう降下しているところで あった。さあ、もう上海浦東(プードン)空港に到着だ。

 さて、上海に着いたわけだが、まだ昼の13:00ぐらいということに中国の近さを感じる。しかし、当たり前だが 辺りの文字は全部漢字。やはり異国の地なのである。早速入国審査を受けるが、審査官はかなり素っ気無い。これも中国の国民性なのだ ろうか…。空港の外に出るとワゴン車が待ってくれた。我々は荷物が多いからこの配慮は嬉しい。ホテルまで送ってくれる手筈になって いるとのこと。車窓には最近完成した、空港〜市内を結ぶリニアモーターカーも見れた。あれにも乗ってみたいものなのだが…。
 ところで中国(というかアジア系)の車は皆スピードが高く、そして運転が荒い(ように感じる)。我先に割り込んでくるから、 いつかぶつかるんじゃないかとヒヤヒヤものである。クラクションも、日本とは違い、もっと気軽にバンバン鳴らしている感じである。 挨拶代わりにクラクション、ということではないだろうが、とにかくクラクションが鳴り止む事はないくらい頻繁に鳴らしている。 しかしこれも中国の風景なのだ思うと微笑ましいものがある。
 やがて郊外っぽい車窓になり、大きな橋を渡る手前から、前方に壮大な高層ビル群が目に飛び込んできた。…なんというビルの多さ だろう、そして高さだろう。以前私は香港に行った事があり、そこも40階を超えるマンションなどが建ち並んでいて異様な光景だった のだが、香港のように狭い土地の中に密集しているわけではないため、より壮大さを受ける。視界に入るところすべて高層ビル、と いっても過言ではないだろう。中国、特に上海は最近経済発展が著しく、いわばバブルの真っ只中らしいが、この光景を目にすれば 誰もが納得してしまうかもしれない。突然都会の喧騒に巻き込まれてしまったかのような…そのままだが、とにかくそんな感じだった。 高速道路から降りると、当たり前だがそこには上海の人の生活があって、路線バスが行き交い、中国お馴染みの自転車の大群が目に 入る。上海…想像以上に大都市である。

 目新しいものばかりで驚いているのも束の間、ホテルに到着した。今回用意してくれた(そう、用意してくれて いるのです!)所はASCOTT HOTELというところで、世界各国に進出している、豪華なホテルである。我々の部屋も、30階 に位置し、部屋構成も3LDKと、5人で滞在するには文句ない広さ。感謝感激である。
上海時代広場前ではステージが組み立てられていた  今日はライブはないので、とりあえずホテルの周りを散策。早速李君に現地のレストランへと案内してもらう。鍋料理屋みたいな所 だったのだが…なんて美味しいんでしょう。日本には無い味で、正にアジアという感じ。説明できないのが悔しい…。とにかく行って みてほしいものです。そしてこれが一番重要だったりするのだが、値段が安いということ。このレストランも、見た目は豪華だし、 鍋だし、あまりに美味しいので(このあと企画者との夕食があるにもかかわらず)たらふく食べ、そして飲んでしまっても、ひとり 80元くらい(日本円だと約1100円ぐらい)といったものです。中国は日本に比べ物価が安いため、日本人が来たら大体金持ちに なってしまう。財布の中身を気にすることなく食事などは楽しめるといったのも、中国の魅力のひとつに入るかもしれない。
 満腹になってしまったが、このあとは前述の通り、この上海ツアーを企画してくれた人との食事があった。その前に、次の日演奏 することになっている野外ステージに、案内してくれることになった。ホテルからタクシーで10分ちょっと。場所は新天地という ところで、より一層近代的なビルや、ブランド物、外資系の店などがある、まあオシャレなエリアで、ここだけさらに異世界のような 感覚を受ける。その一角に上海時代広場(タイムズスクエア―…なるほど)という建物があり、その前ではステージが組み立てられて いる真っ最中だった。話しが前後してしまうが、次の日の5月14日から3日間、上海の新天地ではジャパンフェアという、いわゆる 日本を中国の人にもっと知ってもらおう、みたいなフェアが開催され、日本大使館や中国総領事クラスの協力で行われるという、大変 大規模な祭りなのである。その日本代表としてバンド演奏をするのだから責任は重大。ステージの組み立ては朝まで続けられる(なら なんでもっと早く始めなかったのかという気もするが…)らしく、その人達のためにもライブ、しいてはジャパンフェアの成功に繋げ なくてはいけないと、改めて感じたものである。
タイトルの写真と同じく、夜のホテルからの眺め
確かにビルの灯かりは何となく暗い  その後ようやく夕食、ここで1人の人物を紹介しなければならない。明後日15日と、その次の16日にライブをやらせていただく、 上海ARKというライブハウスのオーナー、周さんである。この方が、我々のホテルやら飛行機のチケットなどを手配してくれたよう で、なんでも「Error Message」をえらく気に入っているらしく、今回上海にバンドが来れたのも、この人の強いオファーがあったから こそ…だそうである。日本には7年間いたらしく、さすがに日本語がうまい。そして人柄がなんというか、とても暖かい。バンドの メンバーの皆さんが上海に何度も来ている理由も、なんとなくわかったような気がした。
 またご飯をたらふく食ってしまい、もう動くのも億劫になってきてしまった…。そして結局、周さんに御馳走されてしまった。 いいなー中国…と思いながら、ホテルへ戻る。部屋は30階なのでさぞかし夜景が綺麗だろうと思って外を見るが…なんか違う。高層 マンションなどがいっぱい建ってはいるのだが、あまり明るくないのである。実はこういったマンション、入居率は概して低いらしい のだ。中国の経済は確かに発展しているのだが、高層マンションはまだまだ普通の人達にとっては手が出せない金額らしいとのこと。 香港は100万ドルの夜景といわれているだけあって、夜になると街のネオンや高層ビルの光が明るく綺麗なのだが、上海ではそうは いかないようである。なるほどと思い自分の部屋へ…。中国は人口が多いから、貧富の差も大きいのだろうな、とも思った。しかし、 夜中でも時折聞こえる自動車のクラクションが、まだまだ中国のたくましさを感じさせてくれた。

 前回のグアムよりさらに長く書いてしまった…。それくらい書くべき事が多かったのです。


  2004年5月14日(2日目)

 朝、やはりクラクションが鳴り響いている。ベランダから下を見ると、どこかの学校の校庭なのだろうか。太極拳 をやっている人達が見えた。あ、ホントに中国の人達は太極拳をやっているのか…なんか感動。それにしても、外は結構晴れている というのに、どうも雲って見える。これはいわゆる自動車などの排気ガスが原因なんだそうだ。あまりに急激に発展しすぎて、環境問題 の解決が追いつかないのだろう。日本にも20、30年程前に光化学スモッグというのが流行ったが、まさにそんな感じみたいだ。
新天地周辺。上海には、架線からの
電気で走るバスがまだまだ健在だ  今日は昼12:00頃からリハーサルが始まる。結構のんびりして良いスケジュールだ。しかし、まだ10:00だというのに、李君が急かし 始める。「もう出発するよ」と…。ん?いくらなんでも早過ぎはしないか。と思ったら、実はリハーサルは10:30からという返事が返って きた。いつの間にそんな時間に…。よく聞くと、実は昨日の周さんとの食事中にそのような話しがあったらしいのだ。きっと中国語で…。 だから我々にも話していた気になっていた…と、こういうことらしい。李君以外の我々日本人メンバーはこのことに呆然。しかし、そうだ …ここは中国式だ、というのを思い出し、しぶしぶ会場へと向かった。今後このようなやり取りが何回続くのだろうと思いながら…。

 昨日組み立て真っ最中だったステージはもう完成されてて、周りに日本のことを紹介するような露店が並んでいた。 アサヒビールや日本への観光案内、日本が誇るトヨタの車も展示されていた。ここでこんなに日本の物を見れるとは思わなかったが、 とにかくこれは大盛況になるんじゃないだろうかと、なんだか楽しみになってきた。
 さて、早速リハーサルなのだが、これがまた大変だった。音響担当の方がほとんど中国人なのだ…それは当たり前ではあるのだが…。 一応リーダー格の人は日本人なので助かったが、あとは現地スタッフ。もちろん言葉は通じない…。細かい調整ができないのが困った。 しかし、困っていたのはどちらかといえば、その日本人の音響担当の方だった。中国人スタッフは我が強いというか何なのか、日本人 スタッフが設定した音のバランスを、自分好みに勝手に変えてしまうのだ。また、配線も勝手にいじったりしていた。その日本人 スタッフが目を離したすきに…である。その変え方も、ただ単に興味本位で変えているような気がしてならなかった。これをいじると どうなるんだろう…みたいな。それにしても日本では考えられない光景だった。かなりテンパリ気味のリハーサルで、音出しから始めて 我々のリハーサルが終わるまで、30分のところを2時間はかかってしまった。音響についてはまだ中国は未発達、というように考えて もいいのかもしれない?

 イベントは18:00に始まった。が、あれほど晴れていた天気は、今は雨へと変わってしまった。野外イベントだけに 客足が心配される。我々の出番は19:30からだが、それまでに何とかならないものか…。この会場の裏には大きなビルがあって、そこの 部屋(仮に急遽造られた感じだったが)で待機をしていたが、出番30分前になったので、会場へと降りていった。そこで私は嫌な 光景に出くわした。会場の前の方には100脚ほどのパイプ椅子(恐らく来賓席というやつなのであろう)が並べてあって、その後ろに 柵があり、通行人はそこより中には入れないようになっているのだが、雨が降っているので、椅子にはほとんど誰も座っていないので ある。これでは並べている意味が無い。一般客ももっと近くで舞台を見たいだろうに…。このことはメンバー全員がそう感じたらしく、 演奏中…私は少しまだ固い 雨の中だが、この会場のテンションは本物だ 李君が早速そのことをスタッフに報告。我々の演奏の前には李君のトークショーがあったのだが、その時には椅子を開放してもらえる ようになった。しかし、もっと早く対応できたら…と思わざるをえないことも事実だ。柔軟性というのも中国人の考えの1つにいれて もらいたいものである。
 さて、一般客も前に来て、しかも雨が小降りになってきた。トークショーも良い雰囲気で行われたので、いよいよ会場は盛り上がって きた。こんな願ってもない状況で演奏をさせてくれるとは、なんてありがたいことなのか。そんな想いをかみ締めながら、我々の演奏は 始まった。やはり李君は凄いと思う。かなり現地の人に知られてる。Error Message が上海4回目というから、その効果もあるのだろう。 しかし、ただやっていただけでは広まらないわけで、そこに宣伝の苦労がうかがえる。
 ライブは成功に終わったと言えそうだ。

 さて、我々の演奏が終わり舞台から退場すると、会場がまた異様な盛り上がりを見せた。何なのだろうと思うと、 会場にはあのビビアン・スーの姿が…。そう、実はこのイベント、ビビアン・スーも参加をしているのである。やはり中国ではすごい 人気で、舞台のすぐ前まで人がいっぱいになり、早速カメラの被写体の対象に…。少々のトーク(もちろん何を言っているのかはわから なかったが)と、歌を2、3曲歌って、退場していった。退出する時、我々のすぐ前も通ったのだが、警備員が厳しく、とてもじゃないが 話せる状況ではなかった。それにしても会場の盛り上がりは異常だった。恐らく今日のピークであろう。同時に、何だか悔しい気持ちも 湧き起こってきた。やはり大物は人気の度合いが違う、というのを強く感じたのであった。自分はやはりまだまだだな…ということ ですね。大人気無い…。今夜はなんだか青島(チンタオ…中国の有名なビール)がすごく美味しく感じました。


  2004年5月15日(3日目)

 今日は上海ARKにてライブの日だ。中国に来る前、ホームページでは拝見したのだが、なかなかオシャレな店 っぽかった。中国らしからぬ…とも言えそうだが、それが『上海』を表わしているとも言える。
 ライブハウス入りが昼ぐらい。しかし悲しいかな天気は雨だった。どうも昨日の雨を引きずっているようだ。このARKもやはり 新天地という場所にあるのだが、確かに洗練されたエリアといった感じだ。外資系のカフェが並び、ジャズバーまである。まだ数的には 少ないが、クラブやディスコもできてるらしい。しかしそのエリアから一歩外に出ると、たちまち中国の昔ながらの街並みに様変わり してしまう。この「一歩」というのはそんなに大袈裟な表現ではない。本当に、これら対称的な街並みが隣同士に存在しているのだ。
 リハーサルは1時間くらいで終わった。そして、本番は夜の11時からだという。なんと10時間近く空きがある。ご飯を食べてたって 時間が余りすぎる。そこで私は、これを気に上海の街をちょっと散策してやろうと思った。他のメンバーは、外が雨であること、 なんだかんだで上海はもう4回目なこと、どちらかというと睡眠をとりたい…等の理由で、私はひとりで街にくりだした。むしろ、 私の散策というのは歩きメインで、観光ポイントとかはあまり行かず、素の街並み…というのを見たい感じなので、ひとりの方が 好都合かもしれない。さらに私は電車好きである以上、それを散策に組み込まなければ気がすまない。電車に乗るだけの観光は、 普通の人は嫌であろう。

 まず私は上海の地下鉄に目を付けた。気軽に乗れる電車といえばやはり地下鉄だ。しかし泊まっているホテルから (リハーサル後、とりあえずホテルに戻ってきた)最寄りの地下鉄の駅までは結構あるようだった。徒歩20分強はみておいたほうが 良いのだろうか…。だがこれは、歩くことによって街の様子が垣間見れるということだ。雨ではあるが、私は何の苦労も思わず、 地下鉄の駅へと歩いて行った。
上海の地下鉄。駅の液晶ディスプレイには感心  ホテル周辺は、そこまで歩いている人が多いとは感じなかったのだが(むしろ多かったのは車と自転車だ)、駅周辺に近づくにつれ、 歩いている人が多くなってきた。ここは狭西南路(シャンシーナンルー)という駅で、高層ビルは少ないが、デパートやブランドショップ などが多く目に付くような場所だ。日本でお馴染みの伊勢丹もあったりした。しかし、外資系の店もすべて漢字で書かれてしまうのが、 我々日本人にとっては愉快である。例えば見納通(ベネトン)や肯徳基(ケンタッキー)など…ついでにカラオケは可拉OKと書きます。 他にもいっぱいあってここで紹介したいのだが、日本では使われない漢字もあって私のパソコンでは打てず、紹介できないのが惜しい。 とにかく、こういった看板を見るだけで中国は十分に楽しめるので、まず行って、そして見ていただきたいものである。
 そしてついに地下鉄に乗る。チケットは自動販売機で購入でき、初乗りは2元(約30円)と安い。向かった先は…上海駅である。 いわゆる街の表玄関に相応しい(イメージ)駅ということで、とりあえずの目的地とした。地下鉄は結構近代化されており、自動放送に 車内液晶ディスプレイ(次の駅は等の案内が出る)付き。いちばん感心したのは、駅のホームにも大きな液晶ディスプレイが設置されて おり、次の電車までの時間やCMなどが流されているのだが、この次の電車までの時間が秒刻みなのだ。あと02:25で電車が来ます… みたいな感じ。この数時がカウントダウンされていって、あと20秒ぐらいのところで電車は到着する。なかなか正確に運転されている ようで、この表示はせっかちな中国人にぴったりだなと思ったものだ。
 普通に日本の地下鉄ぐらいの混みようで、電車は上海駅に到着した。とりあえず地上に上がってみると、かなり大きい国鉄の駅舎が 目に飛び込んできた。立派である。そして表は全面ガラス張りと、こちらも近代的なデザインである。中に入ってみたかったが、 チケットを買わなくては中に入れないっぽかった。入口でチケットをチェックしているようだ。それにしてもたむろしている人が多い。 上海ARKにて演奏中 みんな大きな荷物を持っている。そして、その人達目当ての物売りも結構いるので、駅前は騒然とした雰囲気になっている。雨のせいも あり、みんな屋根のあるところに集まっているから余計にそう見える。ここから出る列車は長距離も多いので、田舎に帰る人や、他の 都市に出向く人も多いのであろう。中国は、まだ一般の人から見れば飛行機は相対的に高いらしく、鉄道などを使う人も多いのではない だろうか。近代的な建物だったが、旅情も少なからず感じ取れた駅であったように思う。
 このあとはまた狭西南路に戻り、私が海外でよく行くスポット、『本屋』を何軒が回り、街を小1時間歩いてからホテルへと戻った。 さすがに地下鉄に乗ったことはみんなに驚かれ、李君も「俺も乗ったことがないのに!」と。なかなか愉快な反応で面白かった。

 さて、夜もふけてきて、やっとライブが始まろうとしている。しかし、よく考えてみると我々の演奏開始が11時。 なんだかんだでまた時間が押して夜の11時半をもう回っている。
 ……お客が少ない!
 それもそのはず。電車やバスが無くなってしまうから、お客さんの多くはもう帰ってしまったのだ。少しはわかりきっていた事だが、 なんだか惨めである。それはメンバーも少なからず感じていたのかもしれない。今日の演奏は、勢いというか、気迫みたいなものが感じ られなかった気がする。どこかで集中力が切れてしまったのかもしれない。オーナーの周さんが、「今日はお客さんが少なくてごめんな さいね」とおっしゃっていたが、いえいえ、こちらこそすいません…である。実は明日もここ上海ARKで演奏をするのだが、今日の 反省を活かし、明日はより良い演奏を目指す、と心に誓ったものである。


  2004年5月16日(4日目)

 久しぶり(…な気がする)に朝から晴れている。と、同時になぜだか演奏意欲も高まってしまう。やはり海外に 来たからには晴れてもらわないと、何かと気分的にもすぐれないだろうし。
 今日はリハーサルの前に、李君のみ、一昨日の野外ステージでトークショーがある。その相手とは、なんと谷村新司である。かなり 大物の人とのトークショーという事で、絶対に見たかったのだが、このトークショー、始まりが5時ぐらいから。対する我々のリハーサル は5時半ぐらいから。ギリギリ間に合いそうだが、中国では時間が押すのが当たり前、と我々はもう学習している。つまり、我々が先に 中国の昔ながらの風景って感じ…
しかしここは新天地のすぐ裏 リハーサルをしていて、李君があとから合流するというスケジュールにせざるをえなかったのだが、悲しい事実である。実際トーク ショーは押し、李君がリハーサルに来れたのは6時過ぎのことだった。

 1日目のところで述べたように、今日で上海ジャパンフェアはひとまず終了する。ということで打ち上げが行われる わけだが、それをここ上海ARKでやってしまおうと…。そして、このフェアの関係者や参加者(さすがに谷村さんやビビアン・スーは 来なかったが…)が多く来る中、Error Message が演奏を行うというスケジュールになっているらしい。なかなかの設定ではないか。 ただ、この時はパーティー中ということもあって、アコースティックヴァージョンで2曲ほど、という内容にした。このアコースティック のヴァージョンなのだが、バンドで練習中、私の演奏を見てメンバーの皆さんが、そういうジャズっぽい感じもいいね、という事で 生まれたアレンジで(この事は音楽を目指すものにとってどれだけ嬉しい言葉であったか…)、渋い大人な曲の感じが、見てくれている 人には好評だったようで、私は特に嬉しかった。
 実は今日はこれで終わりではない。パーティーはとりあえず始まってから2時間ほどで終了したのだが、そのあと、店を通常営業に 戻し(つまりライブハウスとして)、我々のステージをたっぷり1時間お届けしようというものである。一部は、関係者や演奏参加者の 人達も残ってくれて、また、一昨日の我々の野外ステージを見て気に入り、今日遊びに来てみたというお客さんも入ってくれたりして、 ある意味大変やりやすい環境で、我々の演奏は始めることができた。
 やはり最後の日で最後の演奏、ということもあり、メンバーの皆さんの動きがいい。…といっては偉そうだが、実際そう感じる。私も 自然に楽しくなってきてしまう。きっと、メンバー全員同じように思っているのではないか。お客さんの顔がステージから何となく 見渡せるのだが、楽しそうな表情、ノリノリな表情…、とにかく言えるのは、我々を見入っているということだ。この感じが不思議と ステージにまで届き、より演奏に力が入る。極めつけは最後の曲だ。『自由へ』という曲なのだが、この曲はタイトル通り、全員のソロ 回しがある。始めにギター、そしてキーボード、ベース、そして最後にドラムだ。皆圧巻というに相応しい内容のソロだったが、やはり ドラムだ。4、5分はやっていたんじゃないだろうか。まだ終わらせたくないんだ、という気持ちが個々にも表れていたのかと思う。 1時間近くのライブは大盛り上がりで幕を閉じ、全員がこの上海ツアーの中での(音合わせから始まりリハーサルも含め)ベストプレイ だった…といっても言い過ぎではないように思う。お客さんのノリも大変良かったし。ありがとうございました!

Error Message の皆さんや、
スタッフの皆さんと

 その後は「お疲れ」「お疲れ」の嵐。周さんからも、初日から我々の身の回りの世話をしてくれた、言わば Error Message の専属マネージャーさんからも、スタッフの方々からも、音響の方からも、そしてもちろん、メンバーの皆さんからも…。 言い尽くせないほどである。大きな仕事をしたんだな、と同時に、ホッとしたような安心感が体内に広がっていくのがわかった。演奏が 終わったのが夜の11時くらいで、上海ARKをあとにしたのが深夜2時くらい。それまで関係者や出演者、お客さんを交えての宴会? で、こちらも大いに盛り上がってしまった。
 お客さんの中では、日本からの留学生のグループも何人かいた。まだ来てから3、4ヶ月ぐらいしか経ってないらしく、中華料理は もう飽きた、等の面白い話しをしてくれた。留学期間は1年間らしいので、帰れるのはまだまだ先だが、彼等は言わば留学生活の途上に ある。私の友人でも留学経験者は多いが、向こうの暮らしを垣間見る事は無かったため(むしろ友人に留学中の話しをされても、なんだか ピンと来ないところがあった)、彼等は新鮮な感じに映った。そして、私も言わば音楽生活の途上にあるということで、ある意味共通の 立場になる。だから話しが合ったのかもしれない。また、李君の知名度の高さっぷりにも再度驚いた。去年日本で中国語講座の番組を担当 していたわけだから、今年から中国に留学してきた日本人学生は、その誰もが番組を見ていたというのだ。故に李君は、彼等にとって 超有名人…というか、立派な先生、といった感じである。私から見たら、李君はそんな感じには映らなかったのだが、これは李君が 気さくな人柄ゆえ、ということが言えるのであろう。そんな話しをしながらホテルに戻ったのはついに深夜の2時半。だが、マネージャー さんや音響の方々も一緒である。2次会の始まりだ。明日はもう帰るだけ。夜はまだ長いのである。


  2004年5月17日(5日目)

 昨日は何時まで飲んでいたのだろうか。とりあえず外が明るくなっていたのは覚えている。とにかく楽しかった…、 それで十分ではないか。起きたのは朝10時過ぎくらい。帰りの便は14時ぐらいので、全然余裕である。なかなか名残惜しいが、帰りの 荷支度を始める。といっても、私はもともと海外にはあまり物は持っていかない主義なので、すぐ終わってしまう。せっかくだから、 部屋から見えるこの風景を目に焼け付けておこうか…。
 「あれっ?」
 ドラムの田伏さんの声がする。どうかしたのかと思い、本人に近寄ってみると、手には帰りの航空券。そしてその日付は…

 ……5月23日!!?

 とっさに自分の航空券も見てみる。やはり帰りの日付は5月23日である。他のメンバーもそうらしい。
 そうかそうか、帰りは23日だったのか……という問題ではない。実は今回のツアーは、当初は上海の他に北京、大連と回る10日間の ツアーで、帰りは5月23日になる予定だった。それが色々な問題で、上海だけにしようということになり、今回に至ったわけである。 前の予定にしても、大連のあとは上海経由で帰ることになっていたため、航空券の変更をしていないのだとしたら、この日付けになって いる理由はなんとなく想像できる。…といっても解決にはならない。なんで日本で上海行きのチケットをもらった時に(基本的にチケット は往復航空券なため)気付かなかったのだろうか。今さら後悔しても何も始まらないのだが…。李君がちょっと遅めに起きてきて、早速 このことに対して聞くが、大丈夫でしょう、とお気楽な反応。ちゃんと事前に変更していると思うよ、と…。あまりにも私達日本人の 反応とはかけ離れている。まあ確かに、ちゃんと変更されていて大丈夫だったのだが、私は実際、空港でチェックインするまで、不安は 消えることはなかった。心配しすぎの日本人と、お気楽な性格の中国人。どっちが常人なのかはわからないが、あらためて中国という 器の大きさに感心させられた5日間だったように思った。


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